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世界最高峰のエベレストがゴミで埋もれている

  11, 2017 00:07
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ヒマラヤ山脈にある世界最高峰の山エベレスト。チベット語ではチョモランマと呼びます。
常に死と隣り合わせのエベレスト登頂は、単に『なぜ山に登るのか。そこに山があるからだ』という文句では片づけれないものがあります。


80歳で3度目のエベレスト登頂を果たした三浦雄一郎氏が発する言葉には、人間の無限の可能性を感じさせてくれます。


しかし、過酷な状況の中での登山は常にリスクがあり、登山ルートには、随所に120体もの遭難者の遺体が放置されています。


そして、登山者が持ち込んだゴミが捨てられています。
今では、世界最高峰のゴミ捨て場となっているのです。


エベレストは世界一のゴミ捨て場になったのですか?

人気の観光地のエベレストは、放棄されたごみで問題になっています。
廃棄された調理器具や酸素ボンベ、フードパッケット、テントは、山の表面を散らかし続けるアイテムのほんの一部です。 OurWorld.unu.enuが指摘するように、登山中の廃棄物を効率的に管理する方法はまだありません。
また、数十年分の人間の排泄物がまだ白雪の下に埋もれている可能性があることを意味します。


「氷の穴に廃棄され、人間の排泄物は雪の下に残っている」と、 ネパールの登山協会の責任者であるAng Tshering Sherpaは言った。 "雪が溶け洗い流されると、それは外に出てきます。"過去数年間、登山家はエベレストから約16トンのごみを取り除きました。


今行われていること

ヒマラヤ山脈に登るシーズンが始まると、ネパール政府とエベレストの遠征主催者は、エベレストの異なる丘陵に散らばっているゴミを掃除しようと協力している。 長年にわたって一連の破壊的な雪崩が発生し、登山者は自らのテントや必需品を捨ててしまった。 TheGuardian.comによると 、今年はシェルパ(地元のガイド)や他の登山家たちが掃除をする予定だ 。


各ボランティアに80kgの廃棄物を収容できる10個のキャンバスバッグが与えられます。
袋がいっぱいになると、ヘリコプターで袋に地上に運びます。この方法は、安価で安全で効率的です。
ネパール観光局の関係者であるDurga Dutta Dhakal氏は、「このようにして、余分な費用をかけずにごみを取り除くことを望んでいる」と、Reuters.comに語った。


その他の問題

ヒマラヤ山脈では、水不足や水質汚染も問題となっています。 人間と動物の廃棄物は淡水の源を汚染しています。


驚くべき量のごみに対応して、ネパール政府は、登山者に厳しい罰則を課している。
2014年の判決では、自分が出したゴミとは別に8kgのゴミを持ち帰らなければ4,000ドルの罰金を科せられると、 ビジネスインサイダーは報告しています。


そのような努力が行われても、問題は残っています。それで十分ですか? 昨年だけでも、600人以上の人々がネパールと中国を通してエベレスト山を登りました。 当局は来シーズンにその数が増えると見込んでいる。


これは少なくとも600人の人々で、数カ月分の意図した消耗品と装備を備えています。
すでに政策と罰則が存在していますが、これらの登山者やそれ以降の世代すべてに強制的に施行することは、心身を疲れさせる努力です。


ソース NaturalNews
Has Mount Everest become the world’s tallest garbage dump?



後世のためにも、美しい状態を保ってほしいと思います。


ワールドカップが行われた試合の後に、現地観戦の日本人サポーターがゴミ拾いをして世界から称賛を浴びました。
世界中が、日本人は素晴らしいという印象が残ったことでしょう。


しかし、日本に目を向けるとどうでしょう。
ワールドカップやハロウィンが終わった後の渋谷は、どうみても称賛とはかけ離れています。
渋谷のスクランブル交差点では、数百人の警察官が、バカ騒ぎに目を光らせています。


世の中のメディアやSNSでは、

「今年も渋谷のゴミはすごかった」

「大人なんだから、楽しむならゴミは持ち帰れよ」

「ハロウィン経済効果の犠牲」

はたまた小さい子供がゴミ拾いボランティアをやっている写真を見て、

「日本のハロウィンは大人が汚し、子供がキレイにするイベント」などと揶揄されていた。

渋谷新聞から抜粋 【実録】渋谷ハロウィンをキレイにした人々とZeebra氏とキンコン西野氏。



日本人が持っている二面性。
海外がどう評価するのか想像がつきますね。
称賛した海外の方も、これを見たら驚く事でしょう。


ほんの少数の悪い行いが、大多数に迷惑をかけるという構造は今に始まったことではないですが、その少数だった人の数が年々増えているように感じています。


日本では、死とはほとんど無縁の状況で生きています。
生きている実感を感じれない。『生』とは何なのか。


死と隣り合わせの体験は、自分が生きていると認識できる唯一の出来事なのかもしれません。
その感覚を味わう事が、山に登る最大の理由なのかもしれません。


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